「できる」にもレベルがある?!(2)~どこまで仕上げるか意識するのが秘訣~

◆前回の続きになりますが、レベル3は、

 

白紙の状態から思い出せる状態!

 

と、いうことですね。

 

 

◆前回の例だと、

マリーアントワネットの出身地は?⇒オーストリア!

と、一問一答形式で答えられる状態まで持っていければ勝ちです。

 

だから、例えばこのような歴史の暗記ものだと、何もない空欄から「オーストリア」と書き出す練習をまずしないと、このレベルには達しません。

この作業は、まあありていにいうと「地味で」「面倒くさい」んですよね(笑)。

そして、このレベルは一度みにつけても「すぐに忘れてしまう」という悲しい運命にさらされているんですよね。。

 

エビングハウスの忘却曲線というが有名なんですが、

1~2日後に一度、1週間後に一度、という形で「記憶のメンテナンス」をしてあげる必要があるんです。

 

お花に水をやるように、

気長に、手をかけてやらないと、いけない。

 

しかし、そういうことを知って気長につきあってあげると、結構すんなり頭に入ってくるもんです。

 

 

◆このように手をかけて、
「自力でがんばったら思い出せる」ようになるとレベル3に。

そこからさらに、自分の住所のように「何の苦も無くスラスラ」引き出せるようになるとレベル4になります。

 

これは繰り返し思い出しの圧倒的回数によって達成されますが、達成への道がそれだけだとゲンナリしますよね。

実はこれにはもう一つヒントがあって、

意味のつながり(ストーリー)があると記憶がのこりやすい!

という特性を利用するのです。

 

先ほどのマリーアントワネットの例だと、

 

(以下、エピソード)

彼女のお婆さんが、当時のヨーロッパの中心であったハプスブルク家のオーストリア女帝「マリア・テレジア」なんですね。
まず、それを知っていたらこの問題は楽勝です。

今となってはマリーの方が有名かもしれませんが、このお婆さん権力者としては当時世界随一のレベルのスーパーウーマンです。
今風にいえばマリーは「超大金持ちの女社長のかわいい孫娘」なんですね。

だから、わがまま一杯の天真爛漫に育っちゃう。

そんな彼女が嫁いだ先がお隣のおフランス。
おフランス事情もよく知らないし、何不自由なく育ったので、

「パンがなければケーキたべればいいじゃない」

と、いう言葉が出てくるんですね~。
言ったのは嘘という話もありますが、それはともかく、なんかキャラ的に言いそうという背景はにじみでています。

そして、最終的にはフランス革命でギロチンにかけられて処刑されてしまうんです。
革命がはじまり命が狙われるとなったとき、彼女は懐かしのオーストリアに逃亡しようとするんですが、あえなく捕まってしまいます。

あと少しで故郷・・というところで、捕まる運命。

「わがまま一杯」だったと考えると「ざまあ」という気もしますが、「天真爛漫」だったと考えると、ちょっとかわいそうです。

(ここまで!)

 

と、少し長いですが、こんな感じ。

このように背景を知ると、フランスの隣がオーストリアなんだな、ということも含めて、知識が絡み合って頭に入ってきます。

 

 

◆ですので、時間がないときは、
一問一答でもいいので、レベル3まで仕上げて、

時間があれば、「その知識の背景はどういうものだろう?」と
興味をもって探ってみる時間をとってみることをおススメします。

レベル4までいければ、完璧です。

ここまでくれば、
ただのテストの点数以上のものをあなたに与えてくれると思います!

「できる」にもレベルがある?!(1)~4つ段階のどこまでやるかを考えてやろう!~

◆「できる」まで練習しよう!という話をしましたが、

「できる」というものにもいくつかレベルがあります。

どのレベルまでやるか?ということを考えるだけでも、練習の量が変わるので、がんばり方が変わると思います。

ひたすらに、無限にがんばらなくてはいけない、となるとゲンナリしてしまいますよね。
ものによっては「手を抜く」というのも大切です。

 

 

◆これは記憶のレベルの違いで考えていきます。

(1)「見たことがあるぞ」レベル(familiarファミリア)
(2)「見分けられる」レベル(recognitionレコグニション)
(3)「自力で思い出せる」レベル(recallリコール)
(4)「自然と出てくる=習熟」レベル(automaticオートマチック)

セレゴメソッドという記憶術の理論の一部です。

 

おそらく「わかった!」というのがレベル1の「見たことがあるぞ」レベルになるかと思います。
これはできるできないでいえば、「できない」レベルといっていいでしょう。

だから、「できる」を目指すならばレベル2以上を目指すように頑張っていくことが大切ですね。
ならばレベル1を知ることは意味ないのか、というとそうではなく、むしろ「知ってる~!」というのは「できる」とは違うよね、ということ明確するのに役立つと思います。

 

 

◆ではレベル2「見分けられる」レベルというのはどういうものでしょう。

これは「選択問題」に正確に答えられるというレベルですね。

問題があらかじめ分かっていれば、レベル2までの学習で止めちゃうというのも手です。

 

例えば、「マリーアントワネットの出身地は?」と聞かれて、

1、フランス 2、イギリス 3、ドイツ 4、オーストリア

以上の4択で答える、というようなものです。

 

これ正解が4、オーストリアなんですが、もしこれが、

1、オーストリア 2、オーストラリア

だとまた違った違いを答えさせるものになりますね。

 

前者だと、ヨーロッパの国の中で選ばせるもの。後者はオーストリアとオーストラリアの違いを純粋にたずねるものです。

オーストリアがヨーロッパでマリーがヨーロッパの人という予備知識があれば、圧倒的に後者は簡単になります。

しかし、前者の選択肢で対策し、「オーストリア」をなんとなくしか覚えておらず、唐突に後者の選択肢を見せられたら、その人にとっては後者は圧倒的に難しくなります。

つまり、答える人の前提知識によって難易度が変わってしまいます。
出題者の心しだいで、選択肢はかわるので、ちょっと危険です。

 

要はレベル2までしか練習をしていないと、「確実に答えられるか?」は保証されないことになります。

だから、意図的に「手を抜く」ならともかく、成果を生む「できる」を目指すためには、達成するべきレベルは3以上が望ましいということになりますね。

では、次回残りのレベル3、4を説明していきます。

「わかる」から「できる」へ!(3)~今の「できる」が次の「わかる」につながる~

◆「勉強のつまづき」って、そりゃ「勉強がわからなくなったから」じゃねえの?

 

普通ならこういう風に思うのではないか、と思います。

しかし、
「勉強がわからなくなる」ってそんなに突然やってくるものでしょうか?

たいてい「いつのまにか」わからなくなっていたという人がほとんどだと思います。

 

では、人はいつ「勉強がわからなくなる」のでしょうか。
そのひとつのプロセスを「できる」という観点からみてみましょう。

 

 

◆実は、

 

今の「できる」が次の「わかる」につながっている!

ということが往々にしてあるのです。

 

先ほどの九九の例で考えてみましょう。

みなさん「割り算」をやったことがあると思いますが、あれを理解するためには「九九ができる」ことが欠かせません。

「56÷8」を考えるとき、「8のかたまりで56をつくるには~?」と考え「7×8」を思いつきはじめて7という答えに行きつきます。

 

つまり割り算は九九を前提につくられているわけです。

 

そして、割り算をやるときはたいてい「みんな九九は知っているよね~?」から説明がはじまるので、ここで話のスピードにおいつけないと、「よくわからない」ということが生じてしまうのです。

もちろん小学校の先生も鬼じゃないんだから、「九九はこうだったよね~」くらいの振り返りはしてくれるでしょう。

でもそれもはじめだけです。

「できる」が不十分で話についていけなくなる、これは結構ありそうなことだとおもいませんか?

 

これがじわじわと積もり積もって「わからない」が育っていくのです。

 

 

◆ここまで、なんか「いやーな」話ばっかりでしたが、じゃあどうするの?って話になるとおもいます。

ここで、また脳ミソの特徴を利用しましょう!

 

脳ミソは「空白な部分」があると埋めたくなって「動き続けて」しまう性質があります。

前回の「満足するとストップする」の逆の作用ですね。

 

だから、今回はまず、

「わかる」の先には「できる」がある!

 

これを意識するだけで、かなり変わると思います。
細かいテクニックはいろいろとありますが、まずこれ。

この意識が明確にあるかないかが、通知表でいったら「4」と「3」の境目というかんじなんじゃないでしょうか。

しょーもないように見えてこれはそれくらい強力な魔法の言葉です。
ぜひ頭にいれておいてください!

「わかる」から「できる」へ!(2)~できるまで練習すること!~

成果が出ないと「嫌い」になるかもしれない、

 

と、いう話をしましたが、ではどうしたら成果が出るのでしょうか?

 

それは、
「できる」まで練習をすることです!

 

はぁ?!んなこと当たり前だろ、何ふざけたこと言ってんだよ!

と思ってしまうかもしれませんが、「できる」状態がどういうことか、ちゃんと自覚してないで、どれだけの人が詰めの甘さで自滅していることか。

加えて、先述した「わかる」で満足するという効果から、「できる」まで進まず止まる人が本当に多いんです。

 

冷静に、自分が「できる」まで練習をしているか?
ちょっと見つめなおしてみてください。

 

 

◆じゃあ、「できる」状態って何??

 

と、考えたくなるところですが、たぶん大方の人が体験しているであろう、「できる」体験を例に出して考えていきたいと思います。

それは、「九九の計算」です。

 

九九に置き換えると「わかった!」という状態は「7×8はなぜ56になるか?」というのを、おはじきなどを使って実演して納得した状態です。「7+7+7+7+7+7+7+7=56」でもいいです。

なんでその計算になるのか理屈がわかった、という状態のことですね。

 

じゃあ、これを納得しただけの状態で、テストで点数が取れるでしょうか?
とれるわけないですよね。

「九九の計算」というのは、大体において「九九のうた」を暗唱する、つまり「7×8(しちは)56」などというフレーズを何度も唱え、暗唱して、はじめて「できる」ことになるのではないでしょうか。

「できる」ようになるためには、それこそ何度も何度も繰り返したでしょう。

 

九九は極端に「できる」状態でないと意味をなさない例なので、分かりやすいと思います。
ただし、実はどの分野も五十歩百歩、同じ様なものです。

 

 

◆これを今やっている勉強に照らし合わせたらどうでしょうか?

九九の例を参考に、意識して「わかる」ことと、「できる」ことを分けて考えたら、「できる」に割く時間が少なくなっていませんか?

前回も少し触れましたが、高学年になると「なぜ、それそうなるの?」という「わかる」部分のハードルが上がるから、学年が上がるほど「わかった!」の達成感で手が止まりやすくなるんですよね。

「わかった!」の段階でも、大変な苦労をしているから、同情もしたくなるんですが、うろ覚えの状態じゃ成果は出ないのは当たり前です。冷酷に聞こえるかもしれませんが、事実です。

 

ちなみに、

学習のつまづきのほぼ9割が、この練習不足に端を発しています。

 

いやいや、おれは数学「わからなくなった」のが、つまづきの切っ掛けだよ~というような人がいるかもしれませんが、それももしかしたらこの「できる」までやる練習の不足が原因かもしれません。

 

それを次回説明します。

「わかる」から「できる」へ!(1)~成果がでないとやる気が出ない!~

◆気を抜くと「わかった!」で止まってしまう!

と、いうことは前回話したけど、ではなぜそこで止まってはいけないのでしょう?

 

それは、

そこで止まっては「成果が出ない」からです!

これはかなり大きな要素です!

 

 

◆まあ、端的にいうと、

「できる」状態まで持っていかないと、テストなどで点数が取れないよね。

 

点数とれないと、大したことがないようでいて、
結構精神的ダメージをくらってしまうもの。

 

よほど「それがもともと大好き」という
前提があれば、あまり気にならないかもしれないけど・・・・。

しかし、勉強分野で、はじめから「大好き!」というものを持っている人は稀だと思います。

実はみんな「できる」から「好き」になっているケースは多いと思います。
だから「成果がでないこと」を軽視するのは危ないのです。

 

つまり、
成果がでなければ、どうなるか?

まあ、ほぼ確実にその分野を嫌いになりますね。

 

 

◆「嫌い」になるとますますやらなくなります。

あとでも触れますが、「できる」ためにはまず練習量が必要です。
その練習量が減ってしまうのです。

 

これはかなり危険です。

嫌いになってやらなくなれば、さらにできなくなる、わからなくなる、わかろうとしたくなくなる・・・。

負の連鎖が始まる危険性があります。

 

 

◆「わかる」と「できる」のギャップに気づかず、「できる」まで進めないとこのような危険が待っています。

「できる」ということがどういうことか?
それを知ることが、一にも二にも大切なことなのです。

それを知らないと、「わかる」で止まりがちなのは指摘した通り。
「わかる」と「できる」にはギャップがあるということをまず知りましょう!

 

 

◆ちなみに、「わかる」と「できる」のギャップは高学年にあがるほど大きくなります。

なぜなら、まず「理解する」「わかる」ことのハードルが上がるので、「わかった!」で満足しやすくなってしまうのですね。

低学年ではよくできてた子ができなくなるケースにこの錯覚(「できる」までの練習をしてないのに十分だとおもってしまうこと)が原因であることは結構多いような気がします。

「わかった!」だけで終わってちゃダメ!その快感が命取りになる!?

◆「わかった!」で満足してしまうのは危険!

なぜなら、その先の「できる」が非常に大事だから。

 

しかし、みんななかなかそのことに気づけない!

 

どうしてかっていうと、「わかった!」って
なるのはとても満足度が高いからなんだよね。

 

勉強しているとき
何が一番気持ちいいかっていうと
「わかった!」となる瞬間じゃないかな??

よくわからなったもののモヤモヤが「パッ」と晴れてとても嬉しい。

 

けど、実はこれが「罠(わな)」だったりするんですよね~。

 

 

◆この「わかった!」が快感なので、心が満たされちゃう。
ここで頭がストップしちゃうんです。

 

そして、頭がストップしてしまうのは、
何も気分の問題だけでなくって、

 

これは脳ミソの働きのせいなのです。
前回も少し触れましたよね。

 

だから、しょうがないんです(笑)。

みんなの脳ミソというのは、「サボりたがり」なんですよ。

 

いちど脳ミソによって、「わかった」「もう知ってる」と認識された物事は、省エネのために「もうこれ以上考える必要はない」と勝手に判断されちゃう。

 

 

◆例えば、学校から家への帰り道を考えてみよう。

 

道を知っていれば、道を見なくても本読みながら、スラスラ歩いていけるでしょう?

いちいち「電信柱に新しいポスターがあった」だとか「横断歩道で3人歩いていた」だとか、興味ない情報(帰るために必要ない情報)は、入ってこないはず。

逆に、そんな情報が絶えず
頭に入ってきたら、頭がパンクしちゃいます。

 

「すでに知ってる情報は入れないようにする」というのは正しい脳ミソのはたらき

 

だから、満足しきったら後のことは考えなくなるのはいたって正常なんだよね。

 

 

 

◆ただ・・・、

「わかった!」で止まるといけない理由があるので、そこで止まってはいけないのです!

 

その先には、
「できる」というステージが待っているのです!

 

次回は「できる」までいかないといけない理由を説明していきます!

みんな「わかる」ということがどういう状態かわかっていない!!

◆タイトルからして「なんじゃそりゃ?!」と思うかもしれないけど、

実はこういう単純な考え方やとらえ方の違いが、けっこう致命(ちめい)的になる。

みんなよく「わかった、わかった」というけれど、「わかる」をかるく考えすぎなんじゃないか?と思うときがあります。

ここを疎かにしている人はみんな足元を掬われちゃうね。

 

たぶん一番混同されやすいのは「知っている」との区別だろう。

ただ「知っている」ということと、
何かを「わかっている」というのは、
ちゃんと分けると結構ちがう。

 

 

◆例えば「円高ドル安」という言葉。

これを聞いたことがあるわ~、
程度で知ったかぶりしていると、

「円が高くなってドルが安くなってるんでしょ」と、
とテキトーに流してしまいがち。しかしそこで、

「1ドル100円から120円になったら
これは円高なの?円安なの?」

と、質問されたらどう答える??

それをスラスラと答えられるようでないと、
「わかっている」ということ
にはならない。

ただ、「知っている」だけでなく、「説明できる」までいけるかを自分でチェックすることが大切。

なんでこんな面倒くさいことやらなければ
いけないかというと、

自分が「何をわかっていないか」を知る

ことが勉強にとって一番大事なスタートライン
だから。

これがないと、
スタートラインにすら立てないのです。

 

 

◆どういうことかというと、
脳ミソはみんなの知らない内に

「知っている」「わかっている」と思っている
事柄については、「考えないようにする」に勝手に動いてしまうんです。

だから「知ってるよ」と
認定したものについての学習は、

頭が自動的にストップするように動いちゃう。。。

・・・この事実、知らないとかなり危険じゃないですか?

だから、脳ミソが動き出すためには、
まず「わかっていない」ものに対しては
正しく「わかっていない」と認識することが大事!

 

かっこつけて「知ったか」するのは構わないけど、それはせめてポーズだけにして、頭の中では「わからない」チェックをするようにしよう!

じゃないと、ダサダサの「知ったか君」になっちゃうぞ!(笑)